「君が銀夜?」
そう尋ねたのは若い男だった。
「……ぅん」
銀夜は状況がよくわからず、おずおずと頷いた。
男はにやりと笑う。
散々ビビって損をした気分だった。
「俺は宮野だ」
「みや、の…?」
きょとんとする顔が愛らしい。
全く理解できていないらしい。
「"さん"をつけろ、"さん"を」
「"さん"?」
おうむ返ししかしない銀夜が、可笑しくて仕方ない。
主人に口の利き方を教えてやれと言われたのがわかった気がした。
「そう。それから、目上の相手には敬語を使え。その調子で旦那様と話したんだろう……」
宮野は呆れていた。
思った以上に学が、常識がなさすぎる。
「う、うん?」
「"うん"じゃなくて"はい"だ」
「は、はい…??」
何が鬼子だ。
何処にでもいる、ただの……ちょっと馬鹿なガキではないか。
宮野は無性に笑いたくなった。
「俺がお前に言葉を教えてやるよ、銀夜」
そう言って笑う宮野に、銀夜はますます訳が分からなくなった。

それからしばらく経った。
銀夜の体調は大分よくなり、よく笑うようになった。
「あ!宮野さんだ!宮野さん!宮野さん!」
何より、言葉を覚えた。
しかし宮野以外にはあまり話すことはなく、そのせいか、銀夜は宮野を見付けると、すぐによって行くのだった。
「銀夜か。ったく、走るな」
「ご、ごめんなさい?」
「何で疑問形なんだよ。――どうした?銀夜」
近くによって来た銀夜を抱き上げた。
完全に親子にしか見えないだろうなと思う。
「あのね、俺、元気になりました!」
「ん?ああ。そうだな」
突然の回復宣言に面食らう。
「俺、元気になったら働く様に言われました」
言葉はまだまだ片言だ。
しかし問題はそこではない。
「そうか……忘れていた……」
自分でも驚くほどの呆けた声だった。
「お前はそんなにここで働きたいのか?」
銀夜は一瞬、不思議そうな顔をして、頷いた。
「はい」
あまりに澄んだ瞳を、それ以上見ていられなかった。
「……………そうかい」
言葉が見付からない。
「宮野さん?」
このきょとんとする顔がなんて愛しいことか。
なんて儚いことか。
旦那様とはあれ以来会っていない。
事実上、銀夜が懐いているのは俺だけだ。
銀夜を分かっているのは俺だけだ。
というのに、なんて俺は無力なのだろう。
こんな小さな子供一人守れやしない。
銀夜をぎゅっと抱きしめる。
「!?」
銀夜は多少驚いたが、何も言わず、黙っていた。
「銀夜、俺は……」
きっと銀夜は傷付くだろう。
「俺は、お前はここにいちゃいけないと思う」
銀夜の肩がビクリと大きく揺れた。しかし気付かぬ振りをする。
「ここから早く出て行けと言っている。元気になったんだ。ここに居座る必要もないはずだ」
銀夜の肩が震える。
それでも止めてはいけない。
「お前が仕事?笑わせるなよ。鬼子のお前に出来るわけないだろ。……旦那様はああいうお人だから、お前を拾っただけだよ。だからとっとと出て行きな」
こんな事しか言えない自分が嫌になる。
でもこれが自分の精一杯だ。
「なん、で…?宮野さんも…俺を……嫌いに…なったの?俺を……捨てるの?」
――捨てるの?
なんて重い言葉だろうか。
なんて悲しい言葉だろうか。
「――ああ。嫌いだね」
言動と行動が矛盾している事に気付き、銀夜を下ろす。
銀夜の顔を見てハッとする。
今にも泣きそうな顔をして、必死に堪えている。着物を掴んだ両手は震えていた。
「俺を……置いてくれるとこなんか、ないよ。何処にも……」
ついに銀夜の頬を涙が伝う。
「だって…俺は……」
「宮野。お前は何をやっているんだい」
銀夜の言葉を遮る声がした。
その声にギクリとする。
「旦那…様……」
よりにもよって、こんな時に、と思う。
「全く困ったものだね。銀夜を泣かせて」
そう言いながら、こちらに歩いてくる。
銀夜の処まで行くと、銀夜を抱き上げ、よしよしと背中を軽く叩く。
「宮野。後で私の部屋に来なさい。いいね?」
「………はい」
全くもって、最悪だ。

←back next→


宮野を適当に作りすぎた!!
キャラがいまいち謎です。(ぇ