気が付くと知らないところにいた。
忘れていた暖かさがそこにはあった。
「……」
もこもことする布団から身を起こすと辺りを見回した。
畳の部屋には布団が一組と子供が一人いるだけだった。
着物も新しいものに変わっていた。
子供は自分の手に巻かれた包帯を物珍しそうに眺める。
その時、障子がすっと開かれた。
子供は驚いたのか、びくりと身体を震わせた。
障子の向こうにいたのは、あの主人であった。
部屋には入って来ようとはせず、外で座っている。
「気が付いたようだね。覚えているかい。君を引き取ると言ったことを」
言われて、意識を無くす前の事を思い出す。
「君は家で、奉公人として働いてもらうけどいいね?さすがに、ただ置いておく訳にもいかないからね」
その子供にとって、それは嬉しかった。
今まで自分を受け入れてくれた人はいなかったからだ。
子供はこくんと頷いた。
「そうか。ではよろしく頼むよ。それから君、名前は何というんだい?」
子供は視線を落とした。
「ない。なまえなんてない。だれもぼくをよんだりしない」
悲しそうな声に優しく話し掛けてやる。
「これからは私が呼ぶよ。では私が名前をやろう。そうだな………ぎんや。ぎんやはどうだい」
子供は顔を輝かせる。
初めてもらった名がとても嬉しかったのだ。
「あ、う…えっと……」
しかしすぐにそれを伝える言葉が出てこない。
「私の事は旦那様と呼びなさい。君の主人だからね。わかったかい、ぎんや」
「うん。だんなさま」
その返事に主人は微笑んだ。
そして部屋に入ると、ぎんやの横に腰を下ろす。
「手や足は痛くないかい」
主人がそう尋ねると、ぎんやは不思議そうな顔をした。
「酷い凍傷だったんだよ。他にもあちこちね。まずはこの部屋で、しばらく身体を休めなさい。その間、少し言葉を覚えるといいだろう。――ぎんやが元気になったら他の子らと合わせてあげるよ」
「ほかの?」
余程意外だったのか、それとも言葉を解していないのか、きょとんとする。
「家にはぎんやの様に行く先がない子供がいるんだ。皆、銀夜より少し大きいけれど、仲良くするといい」
ぎんやの頭をなでると立ち上がる。
「じゃあ私は行くよ。何かわからない事があったら、他の大人に聞きなさい」
「うん」
障子が小さな音とともに閉まった。
ぎんやはひどく嬉しく、夢でないかと心配した。

部屋を出ると、近くにいた男を呼んだ。
「中にいるのを任せる。少し口の利き方を教えてやれ」
先程とうって変わった冷たい声である。
「ぎんやと呼べ」
―――ぎんや――銀八
「なるほど、八番目ですか」
嘲笑する。
「ちょうど空きが出来たんだ。――アレには、銀の夜ということにしておけ」
「かしこまりました」
そう聞くと、温厚な主人の顔になって廊下を歩いて行った。
その背に声をかける。
「旦那様!」
「何だい?」
振り返る男には冷たい目も声もない。
「あれが鬼子でない保証はおありで?」
にこりと笑んだ。
「そんなものないよ。――でもそうだねぇ。もしそれが本当なら、面白いじゃないか」
「面白いって……あれは八番目なんですよ!?」
あまりにあっさりしている主に焦った。
「そうだね。きっとうちの看板になる。大物も手なずければ他と同じさ。くれぐれも扱いには気を付けてくれよ?」
「……」
どうやら、まともに話を聞く気はないようだ。
「万が一の時は、ちゃんと手はあるから大丈夫だよ」
重ねて言われてしまってはもう尋ねることなどできない。
「………はい」
そして深く頭を下げた。

←back next→


やっと名前が出てきました。
銀ちゃんの過去話なので、しばらく銀夜でいきます。