まっしろ。
何も存在しないかのように、そこはただ白かった。
世界からこぼれ落ちたみたいに。

雪道に三頭の馬がいた。
その背にはそれぞれ男を乗せ、ゆっくりと進む。
三人はそれぞれ腰に刀を帯びていた。一人は金糸や銀糸が織り込まれた、豪華絢爛な着物に身を包み、先頭を行く。他の二人が簡素な着物なだけに余計に引き立つ姿であった。おそらく、その男が主人であり、後ろの二人はそのお付きなのだろう。
「最近はいいものがあまり捕れないようだが、何か良い噂はないのか?」
主人のその問いに男たちが口を開く。
「はい。季節柄、この時期は毎年……」
「駆け付けた時にはもう……」
歯切れ悪い答えに、ふむと考え込む。
「しかし最近は手持ちも減ってきておる。何処かに近くにいないだろうか」
きょろきょろと辺りを見回す。
その姿に男は苦笑した。
「いくらなんでも、こんな雪山にはいないでしょう」
尤もな言葉に、頷かざるをえない。
突然、前方でがさりと音がした。
お付きの二人は顔を引き締め、急いで主人の前に出る。
柄に手を当て、いつでも抜刀できるように構える。
更に立て続けに音が鳴り、道の脇から何かが飛び出した。目の前に転がったそれは一匹の白い狼。本来白い毛を自らの血で赤く染め上げ、既に事切れているようだった。
ただの獣同士の争いではなさそうに見えた。狼の傷は、何か鋭利なもので付けられていたからだ。先程まで話ていて気付かなかったが、微かに鳴き声が聞こえた。
それも一匹や二匹ではないようだった。
男たちは顔を見合わせ、ゆっくりと血の痕を追った。

その光景を見て絶句した。
それは一つの芸術のように美しく、恐ろしかった。
雪が積もった木々の先に見たものは、あまりにも非現実的すぎた。
真っ白な雪の上に先程と同じ、狼が転がっていた。
ざっと見ただけでその数は6頭。
ここそこに赤い飛沫が飛び、静か過ぎる雪色に、毒々しい赤がよく映える。
転がる狼たちの中心に、立っているモノがいた。
子供だ。
まだ4つか5つくらいに見えた。
髪も肌も服も白く、その身体に血が付いていなければ、雪に埋もれてわからなくなりそうだった。着ているのは薄い着物一枚。しかもボロボロで破れている。足は何も履いておらず、素足であった。
その子供も、男たちに気付いたのか、こちらを振り向く。
赤い瞳が印象的だった。

子供はじっと見ているだけであった。片手に石を握りしめて。
先が尖った石には鮮血がついていた。
声をあげるものは誰もいなかった。
しんと静まる中、背後で雪を踏む音がした。主人が後を付けてきたらしい。
「何かあったの…か……」
主人もこの光景に息を飲んだ。
しかし彼は他の二人と違い、すぐに口を開いたのであった。
「これは、そこの子供がやったのか?」
主人の言葉に、お付きの二人はやっと我に返る。
「あ、はい。おそらく」
「我々が着いた時には既にこの状態でした」
顎に手をあて、子供を見つめる。
「そうか。そうか……。この分だと捨て子だろう……」
何やらぶつぶつ言い、面白そうに目を光らせていた。
「子供よ」
立ち尽くす子供に呼びかける。
子供はびくりと身体を震わせた。
「こんな時期に迷子など洒落にならんぞ。家は何処にある。送って行こう」
その申し出に、子供は喜ぶ様子もなく、小さく首を振った。
「いえなんてない。かえるとこなんてない」
男はひそかにほくそ笑んだ。
「何故だい?お前を心配して待つ母親がいるだろう?」
しかしそれを面には出さず、子供に話し掛ける。
「いない。おれは“おにご”だから。おにの子には、かえるいえも、おっかぁもおっとぉいない」
まるで決められたかのような答えだった。
「お前はただの子供だよ」
それが人の子かどうかは別の話。
子供の前に手を差し出す。
「帰るところも行くところないなら家に来なさい。例え私が死んでも、お前が生きている限り追い出したりしない。まあ、少しばかり働いてはもらうけどね」
そう言ってにっこりほほえむ。
しかし子供は身動きをしない。
じっと見つめ続ける。
その視線が自分ではない事に気付く。視線の先を追う。
――賢い子供だ。
ずっと腰に挿していた刀を見ていたのだ。
刀を抜いて雪の上に投げる。後ろにいる二人にも合図を送った。
「大丈夫だ」
もう一度手を差し出すと、子供は何やら少し考えた後、小さく頷いた。
手を取るよりも早く、その場に倒れ込む様に気を失った。

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ホントは漫画にしたかったけど、画力がないのでテキスト形式です。